Vol.71 小野寺昭さん

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インタビュー 私のいえ ∼すまいの履歴書∼ 各界でご活躍の方々に、家、住まいに、住み替えにまつわるお話をうかがいました。 インタビュー 私のいえ ∼すまいの履歴書∼

Vol.71 2025/11/26更新

小野寺昭さん 今、住んでいる家は、上京前に暮らしていたお祖父ちゃんの家によく似ているんですよ。

今、住んでいる家は、上京前に暮らしていたお祖父ちゃんの家によく似ているんですよ。 小野寺昭さん 

profile
小野寺昭(おのでら・あきら)
1943年9月19日生まれ。北海道出身。高校時代、演劇部の部長として、高校演劇コンクールで地区代表に選ばれて北海道大会に出場。 1972年、ドラマ『太陽にほえろ︕』で島公之刑事(愛称「殿下」)役に起用され、番組開始から8年間レギュラー出演し代表作となった。主な出演作品には、ドラマ『大都会25時』『黄金の日日』、『御宿かわせみ』など。2007年4月、大阪芸大短期大学部教授就任、2012年には学科長を務め、2025年3月退職。

演劇の稽古場の脇にベニヤ板で作った小部屋から東京での暮らしをスタートした小野寺さん。不滅のテレビドラマ『太陽にほえろ︕』で人気を博し、都心の一軒家を購入。ここで始まった犬との出会い、そして田舎暮らしを求めた土地探し、終活に向けての考えなど、その時々の環境の変化に応じて自然体で暮らしを変えていく小野寺さんのお住まいについて伺いました。

収入に合わせて家も変化。
ベニヤ板の小部屋から都心の一軒家へ

小野寺昭さんの写真1
帯広の広大な土地に建つ祖父の家について語る小野寺昭さん

出身は北海道の帯広です。父親が帯広市の公民館に勤めていて付設の平屋住宅で育ちました。兄弟4人で子ども部屋は一つ。いつもごちゃごちゃしていたことと、北海道だから全部二重窓だったことは妙に覚えていますね。
中学に入る前に家族で市営住宅に引っ越しましたが、近くにお祖父ちゃんが建てた家があって、僕はお祖父ちゃん子だったからしょっちゅう遊びに行っていて、中学にあがったら居候もさせてもらっていました。200坪くらいの敷地に原っぱがあるような家で、田舎なら珍しくないけど、広かったですよ。
中学で演劇部に入って芝居を始めた頃、ちょうど石原裕次郎が大スターとして登場した時期です。映画もよく観ていましたけど、まさか将来、共演することになるなんて思いもしなかった。嬉しかったですね。
高校を卒業して俳優を目指して上京しました。給料は雀の涙でしたから暮らせなくて、稽古場の端っこにベニヤで部屋を作ってもらって、そこに寝泊まりしていました。そうこうしているうちに劇団のスタッフの女性と親しくなりました。彼女も家を出たいって言うから、じゃあ一緒に住めば家賃も半分だってことでスピード婚。21歳でしたよ。
最初に住んだのは横浜の8畳くらいのアパート。それからテレビドラマのちょい役から始まって、25歳で本格デビューしました。仕事は少しずつ増えたけど、まだ一間に台所があるだけの狭いアパート暮らしでしたから、長男が生まれたときは夜泣きがひどくて大変でした。翌日、仕事がある日は床の間に布団を移して寝ていたのを覚えています。
27歳の頃、昼ドラに出て生活に余裕が出てきたので、たまプラーザの4LDKのマンションに引っ越しました。28歳で『太陽にほえろ︕』に出演してからは人気も出てきて、アイドル雑誌で表紙を飾ったり、スタジオの出口に女の子が待っていたり。仕事も順調でお金も貯まりました。すると「一軒家に住もう」となりますよね。それで、ぶらりと不動産屋さんを訪ねて紹介してもらったのが、一般には売りに出ていない家でした。オーナーが趣味で建てた家で売るつもりはなかったけど、小野寺さんなら、と内見させてくれたのです。高台で視界が開けていて、太陽の光がさんさんとそそぐ場所です。隣の家は、ほぼ視界に入らないし、立地がすごく良くて気に入ったので買うことにしたんです。
ところが、銀行にローンを組みに行ったら、最初の銀行では「テレビ俳優です、NHKの大河ドラマにも出演予定です」って言っても、「知らない」と貸してくれない。困ったなと思っていたらゴルフ仲間が別の銀行を紹介してくれました。今度は、小野寺昭ってすぐわかってくれて、その場で手続き終了。14年で返しましたよ。

ひとりでいる妻のために飼い始めたレトリバーが
夫婦の暮らしの軸になる

小野寺昭さんの写真2
一軒家での、犬が中心となった暮らしについて語る小野寺昭さん

この家は、2階に10畳と6畳、1階にリビングともう一部屋、台所とか水回り。それで夫婦の寝室が狭かったから、大工さんに頼んで建て増ししてもらいました。裏の家の窓にかかるから天井を高くできなくて、頭をぶつけるくらいでした。34、35歳くらいから25年くらい、そこにいたかな。
この頃、僕はロケなどで地方に行くことが多くなって、1ヶ月留守にすることもありました。子どもたちも早くに独立して、40歳過ぎた頃には2人だけの生活だったので、妻がさびしいんじゃないかと、ゴールデンレトリバーを飼い始めました。そしたらもう、2人とも犬にはまっちゃって。犬なしではいられない、みたいな夫婦になっちゃった。面倒見るのは妻です。僕は散歩行くだけで、帰ってきたら体洗ったりするのも、餌あげるのも彼女。うちの中はいつも毛だらけ。いくら掃除したってきりがないのですが、妻は嫌じゃないんですよね。僕の食事なんか二の次で、全部、犬に合わせた生活でしたよ(笑)。
引っ越した当時、たまプラーザは、まだ静かな住宅街で、犬と一緒に走ったり、かくれんぼしたりする原っぱがありました。でも町が段々と栄えてきて、人口密度が高くなってきちゃったんですね。犬と遊んでいた場所に商業施設ができたり、車の渋滞も多くなって、駅まで送り迎えしてもらっても仕事に遅刻しそうになるくらい。ちょっと息苦しくなってきちゃって。
若い頃から、2人で田舎暮らしができたらいいねと話していたし、60過ぎた頃には昔ほど忙しくなくなったので、どこか探そうかというタイミングになりました。
芸能人のお宅って豪邸だったりするじゃないですか。でも僕は、豪邸にお金を使うなら好きな車やゴルフ、登山に使ったりしたい。妻も、立派なうちじゃなくていい、寝泊まりができて雨露しのげれば山小屋みたいなところでいいっていうタイプです。だから住み替えも条件はシンプルに、たまプラーザの一軒家を売ってその範囲内でまかなえること、東京へのアクセスがいいこと。それでいくつか見たのですがどうもピンと来ない。そんなときに広告で茨城の土地を見つけたんです。どうせ誇大広告だろうってタカをくくっていたんですが、でもまあ、一度見てみようと思って車で行ってみたんです。
そしたら、一番近いインターチェンジには安い駐車場もあり、そこから東京駅までの直行路線バスも通っている。東京駅まで途中駅がないから、渋滞になると迂回したり別のルートを通ったりするから時間も読める。運転手さんに、このバスが不通になったことがあるかって聞いたら、私も結構長いこと勤めているけれど一度もないって言うんですよ。時間表見たら、多いときには10分おきに来る。これはいいなと思いました。広告、うそじゃなかったんですよ(笑)。

転倒防止を考慮したワンフロアのバリアフリー
思いがけない終活のプラス要素に

小野寺昭さんの写真3
バリアフリーの現在の家について語る小野寺昭さん

買うと決めたんですが、通りをはさんで二カ所の土地でどちらにするか迷っていたら、不動産屋さんが一日何時間か定点撮影すると提案してくれました。その結果、西側の土地は日が当たらない時間が多いんですが、南側はほとんど一日中、日当たりが良くて。それが決め手でした。昨今、夏はすごく暑くなりますが、冬は暖かいし、日当たりがいいほうがやはり良いですよね。
ここではまず100坪の土地を、交渉の結果、けっこう値引きしてもらって購入。それから設計事務所の人との打ち合わせに入りました。年取ると2階とか上り下りが大変になってくるから平屋にして欲しい、ワンフロアのフローリングで部屋の仕切りも床にも出っ張りのないバリアフリーにして欲しいっていうのが一番重要な要望でした。
建てた家は、ダイニングキッチンとリビングで15畳くらい、あとは6畳や8畳の部屋がいくつか。以前のマンションの風呂は、僕が膝抱えて入っていっぱいになるくらいで、それで十分だと思っていましたが、新しい風呂は足が伸ばせるんですよ。風呂、大きい︕と感動しました。設計事務所の人には、小野寺さん、これすごい大きな平屋になりますよと言われて、図面のうちは想像できなかったけど、出来上がったら確かにすごい大きい。
しばらくして、うちの前の土地も買いました。70坪くらいで、壊れかけた小屋があって栗の木、柿の木が生えていたんですが、毎年、栗の季節になるとたくさん人が来て栗を拾ってはこちらの土地にイガだけ捨てていったり、渋柿が落ちてきたりしていました。それをいつも掃除していたので、持ち主と連絡がついたときに「柿の木、切っていいですか」「草刈っていいですか」なんてやりとりするようになりました。そしたら、ある日突然、その土地を買ってくれないかって言ってきたんです。それでその土地を買って整地し、ドッグランを作りました。扉を開けると、二匹が勢いよく飛び出していく光景を見ていたら、「あれ︖そういえば、お祖父ちゃんの家と似ているな」と思い出しました。家の原風景というのがあるんですね。
いつも犬と一緒にいましたが、2年前に、最後の黒のラブラドールが亡くなりました。そのときに犬を飼うのはもう諦めようって2人で決めました。こちらがもっと年を取ってきたら、面倒を見られなくなるかもしれない。飼いたいという気持ちはとてもありますが、我慢しています。あまり掃除機をかけない部屋の隅とか、家具の奥のほうに黒い毛が残っているのを見つけると、じんと来ますね。
先日、銀行の人に、将来、手放すことを考えたとき、バリアフリーでワンフロアのこの家なら地域の集会所や保育園のような施設として寄付するという手段もある、そうすれば相続税がかからないって言われたんです。それは良いことを聞いたと思いました。
3人の子どもには、「僕たち2人が最後まで生きる分しか財産はないからな」と伝えています。施設に入るとか介護とか、自分たちが必要なお金は残しています。でも、100歳まで生きるとちょっと足りなくなるんじゃないかなと思うから、そこまで生きたらどうしようかと思っています(笑)。

こぼれ話

小野寺さんが整地した70坪超のドッグラン。自由に思い切り駆け回って遊んでいた黒ラブのラブちゃん。雪が大好き。

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