Vol.20 益子直美さん

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Vol.20 益子直美さん

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インタビュー 私のいえ ∼すまいの履歴書∼ 各界でご活躍の方々に、家、住まいに、住み替えにまつわるお話を伺いました。インタビュー 私のいえ ∼すまいの履歴書∼

Vol.20 2014/1/22更新

『住まい選びも、直感型。
最初に見た部屋で即決が多いですね。』 益子直美さん

『住まい選びも、直感型。
最初に見た部屋で即決が多いですね。』益子直美さん

profile
益子直美(ますこなおみ)
1966年、東京都生まれ。名門・共栄学園高等学校のエースとして名を馳せ3年生の秋には全日本代表入り。その後、イトーヨーカドー女子バレーボール部に入団。92年に引退したのちタレントに転身。スポーツの取材やレポートを中心に活躍。2006年には、12歳年下の自転車ロードレーサー・山本雅道氏と結婚。

下町での初めての一人暮らし、 高層マンションの最上階、 湘南でのスローライフ。どの住み替えも、 最初の内見で部屋を決めたという益子直美さん。 そんな直感型の益子さんが選んできた これまでの住まいについて、そして 現在のライフスタイルについてうかがいました。

現役時代は、厳しい寮生活。初の一人暮らしでは憧れのソファーを購入

益子直美さんの写真1
学生時代を振り返る益子直美さん

出身は、東京都葛飾区。私は地元が大好きなんです。中学生でバレーボールを始め、高校に進学するときは関東近郊のさまざまな強豪校からスカウトをしていただいたのですが、地元を離れることは考えられなくて実家から通える共栄学園高等学校に入学しました。下町だったので地元の人たちもみんな応援してくれていました。練習後、家へ帰る途中で商店街を通ると「頑張れ」って声かけてくれたり、「ビタミン摂りなさい」って果物をくれたり。高校時代まではそんな人情味あふれる町で育ちました。
高校卒業後、実業団へ入ってからは寮生活です。ここでの暮らしは厳しかったですね。テレビはもちろんないですし、備え付けのベッドと小さな3段ボックスがあるだけの殺風景な部屋。インテリアを楽しむなんてこととは無縁でした。だから、いつもインテリアの写真集を見ては一人暮らしをしたときの部屋を妄想。寮を出たら“イタリア製のソファーを絶対に買う!”って決めていたんです。
引退後、念願の一人暮らしをスタートするのですが、部屋を探す前にずっと憧れていたそのソファーを先に買ってしまったんです。3人掛けと1人掛けのソファー、さらにオットマンとテーブルもセットで。でもこれらを収めるには最低16畳は必要だったんです。そんな部屋見つかるのだろうかと、少し心配しながら不動産屋に行ったら、たまたま実家の近くに手頃な家賃の部屋が空いていたんです。“これしかない!”と即決しました(笑)。当時は芸能界に入ったばかりで収入もままならない時期でしたから、貯金を切り崩して家賃を払っているような状態。無茶ですねぇ(笑)。でも、どうしても欲しかったんです。

高層マンションの最上階の部屋。素晴らしい夜景に心を奪われ

益子直美さんの写真2
都心での暮らしを話す益子直美さん

その後、スポーツ取材などの仕事が忙しくなってくると下町から通うのが難しくなってきたので、少し都心に住むことにしました。飛行機や新幹線に乗ることが多かったので羽田空港や東京駅にもアクセスが便利なエリアに引っ越しました。このときも部屋を選ぶ条件は、何よりもまず大きなソファーが置けること。それにセキュリティがしっかりしていれば他にこだわりはなかったですね。
その後、住まいを資産として残したいという考えもあって都内の分譲マンションを買うことにしたんです。そして、購入したのは高層マンションの最上階の部屋。最初は、最上階に住もうなんて気持ちはさらさらありませんでした。ところが担当の方に「益子さん、最上階にキャンセルが出ました。絶対におすすめです!」って何度も言われまして。予算も全然オーバーしますからその気はないものの、不動産関係の仕事をしている知人数人に意見を聞いてみたんです。そしたら誰もが「最上階でこの価格だったら、絶対お買い得だ!」って。専門家たちが口を揃えて言うのだから間違いない。もし、払えなくなったら売却すればいいや、なんて思って最上階に決めてしまいました。購入当時はまだ建設中だったので、実際の景色が分からなかったのですが、住んでみると想像以上のロケーションで感動しました。 夜景が一望できることはもちろん、東京湾に上がる花火を目の前に臨むことができます。
でも、当時まだ現役選手だった主人は初めてこの部屋に来たときに「シーズン中はここには来られない」と言っていました。「ここは成功者の部屋。上へ這い上がっていく泥臭い気力がなくなってしまう」と。だから、オフシーズン以外に来ることはほとんどなかったですね。それほど、贅沢な景色だったんです。

ご主人が現役中は、別居生活。引退を機に湘南エリアに一軒家を購入

益子直美さんの写真3
現在の住まいについて語る益子直美さん

結婚後も主人が現役中は別居をしていました。彼はチームの拠点がある埼玉県に、私は都内のマンションで生活。その後、彼の引退を機にマンションは賃貸に出し、今の住まいである湘南エリアの一軒家に引っ越しました。いつかは主人の地元でもあるこのエリアに住みたいと思っていたのですが、たまたま、不動産業を営む知人が「いい物件が出たので試しに見てみない?」と誘ってくれたので、見るだけと軽い気持ちで行ったんです。それが今の家です。外装はレンガ張りのアメリカンスタイルで、なんともいえない味わいがありました。それから庭が本当に素敵なんです。立派な桜の木やあじさいはもちろん、みかんや梅、柿など食べられる実がなる木もいっぱい(笑)。一目惚れしてしまって、“ここに住みたい!”って思ってしまったんです。
築25年程経っていたので、家の中はプロに任せてリフォームをしましたが、庭の周りの木塀は主人が造りました。最初は彼の腕をまったく信じていなかったのですが、いざ出来上がるとプロ並みの仕上がりにびっくり! もともと日曜大工が趣味だった彼は、手慣れた様子で造り上げてしまいました。塀はもちろん、内装も庭も私たちが思い描いていた通りの理想の家になりとっても気に入っています。
こうやってこれまでの住まいを改めて振り返ってみると、初めて一人暮らしをした下町のマンションも都心の高層マンションも、現在の湘南の家も一件の内見で決めているんですね。もともと何事もあまり悩まず直感で決めるタイプなのですが、住まいも同様でした。ちなみにプロポーズも直感で「はい」と返事したら、彼に「一生のことなんだからもう少しちゃんと考えて」って言われましたけど(笑)。

こぼれ話

初夏にはあじさいの花が満開になるという現在のお住まいの庭。こちらに住んで約2年になるそうですが、四季の移ろいを肌で感じられる毎日は飽きることがないそう。「贅沢な夜景が見られる高層マンションも大好きでしたが、今は海や富士山を眺めたり、ガーデニングをしたりと都心ではできない暮らしを楽しんでいます。東京にいた頃は仕事も忙しく慌ただしい毎日でしたが、ここに引っ越してからは意識的に自分の時間を増やすようになりました。初めて“暮らしを楽しんでいる”っていう気がします」。

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