Vol.47 麻木久仁子さん

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Vol.47 麻木久仁子さん

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インタビュー 私のいえ ∼すまいの履歴書∼ 各界でご活躍の方々に、家、住まいに、住み替えにまつわるお話を伺いました。インタビュー 私のいえ ∼すまいの履歴書∼

Vol.47 2016/4/19更新

家を持つことに執着はありません。 そのときの生活に合わせて、必要な場所に住めばいいかな。麻木久仁子さん

家を持つことに執着はありません。 そのときの生活に合わせて、必要な場所に住めばいいかな。麻木久仁子さん

profile
麻木久仁子(あさぎくにこ)
1962年東京都生まれ。83年にCMのモデルとしてデビュー。86年にテレビドラマに出演し女優としても活動をスタート。現在は、司会、タレント、女優、エッセイスト、コメンテーターとしてテレビやラジオ番組などで幅広く活躍する。

生活の変化とともに、引っ越しをしてきた麻木久仁子さん。過去に二度ほど一軒家に住み、その後はずっと賃貸マンションで暮らしているそう。そのときどきで家に対する価値観や思いも変わるけれど、今は「心地よく住めさえすれば、賃貸でも持ち家でもこだわらない」という気持ちになったのだとか。そんな麻木さんに、住まいの思い出や考えをうかがいました。

団地から郊外の一軒家へ。王道の"昭和の暮らし"を経験

麻木久仁子さんの写真1
子どものころを思い出す麻木久仁子さん

生まれは東京都大田区なのですが、物心ついたときには千葉県我孫子市で暮らしていました。ときは高度経済成長期。東京郊外のあちこちに団地が一斉に建てられた時代です。結婚したら、"台所"とは違うモダンなキッチンや、水洗トイレもある団地に住んで、頑張って働いて頭金ができたら郊外に一軒家を買う。それがサラリーマン家庭の憧れで、我が家もまさにその生活でした。周りにも私のようなサラリーマン家庭の"団地っ子"がたくさんいましたね。
私が小学生のときに東京の町田市に一軒家を購入し、引っ越しをしました。母はこれまでの割烹着姿からエプロン姿になり、初めて手にした物珍しいオーブンでケーキを焼いたり、ピザを作ってみたりと、こじゃれたことを楽しんでいました(笑)。そして、父は家のローンを支払うために遅くまで猛烈に働き、母も夜は内職。そんな、昭和を象徴するような暮らしを送っていました。
ところが頑張って手に入れた幸せなマイホーム生活は、そう長くは続きませんでした。私が高校生のときに両親が離婚することになったのです。私には妹と弟がいるのですが、子ども3人は母に引き取られ、家は売って、都内の小さなマンションで暮らすことになりました。これまで専業主婦だった母が働きに出て、女手ひとつで子ども3人を育てる……そんな生活に一変しました。

自身、一軒家を建てるも離婚。今は女3人で、気ままな暮らしを楽しむ

麻木久仁子さんの写真2
今の暮らしを語る麻木久仁子さん

私は大学を中退して、芸能界に入るのですが、同時に6畳一間の部屋を借りて一人暮らしを始めました。芸能界に入ったとはいえ仕事は少なく、金銭面は苦しかったのですが、当時は大人になったら親元を離れて独立するのが当然と思っていました。その後も10年ほどはほとんど仕事がなく、30代に入る頃になって、ようやく軌道に乗り始めました。そして結婚して子どもも生まれ、あれよあれよという間に生活が変わっていったのです。
共働きで子育てをする生活でしたから、その頃の住まい選びはとにかく利便性重視でした。最初は母が面倒を見に来られる場所を選び、幼稚園に入ればその近くに引っ越しました。そして小学校に入るときに、学校の近くに一軒家を建てることになったのです。
私と当時の夫できっちり折半してお金を出し合って建てました。なかなか満足のいく良い家が建ったのですが、住み始めて4∼5年すると夫とすれ違いが増えて離婚することになってしまいました。何だか、家を建てたあとに離婚をした私の両親と同じような道を辿っていますね(笑)。
その家は元夫の仕事場にもなっていたので離婚後も売りに出すことはせず、私が娘と家を出ることにしました。でも、娘の通学を考えると遠くへ引っ越すこともできなかったので、その家のすぐ近くのマンションを借りました。私は現在も変わらずそのマンションに、元夫も離婚時の家に住んでいます。元夫とは、もともと幼馴染みだったからか離婚後は友だち時代に戻ったような関係です。だから、娘もよく両方の家を行き来しています。
私は、今は母と大学生の娘、犬一匹との暮らしです。母はずっと一人暮らしをしていましたが数年前に病気を患い、それ以降一緒に暮らすことにしました。シェアハウスみたいで楽しいですし、それに女性だけですから楽ですよ。得意分野があって、私は料理が好きなので炊事担当。母は、料理は好きではないけれど洗濯や掃除は苦じゃないという人なので、そのあたりはお任せ。良いバランスなんです。「メシ、風呂、寝る」という人はいません(笑)。今が一番、幸せかな。

どこかに根を張らなくても、そのときの生活に合わせて住み替えればいい

麻木久仁子さんの写真3
家について考えを話す麻木久仁子さん

離婚後はずっと同じマンションを借り続けて、もう10年になります。「買ったほうがいい」という意見もありますが、今は一軒家にしてもマンションにしても家を持つことへのこだわりは、減ってきました。私はこれまでずっと家庭の事情や自分の都合で住み替えを繰り返してきましたし、不変の故郷があるわけでもない。ライフスタイルが変われば住む場所が変わって、新しい家で新しい暮らしをしてきました。だからどこかに家を持って、どんと根を張らなくても、それはそれでいいのかなと思っています。
とはいえ結婚をしていた30代のときには、無性に「家が欲しい」と思っていました。子どもの頃に数年過ごした一軒家は、絵に描いたような幸せな家庭の思い出として残っていたのでしょう。「また自分の家が欲しい」という思いが強くあったのだと思います。
実は子どもの頃に売ってしまった家を10年に1度くらいのペースで、ふと見に行っていたのです。当然、他のご家族が住んでいるので、壁も塗り替えられていたりと、当時のままではないのですが、それを見て淋しい気持ちになったり、まだ家があることに安心したり……。自分の故郷や戻る家はなくとも、その家と当時の思い出が自分にとっては拠り所だったのかもしれません。
ところが数年前に見に行くと、「建築計画のお知らせ」という看板とともにブルーシートが掛けられていました。古い家ですから建替え時期ではありますが、「あー、ついになくなってしまうのか」という気持ちと同時に、何か大きな区切りが付いたような感覚もありました。「もう、過去は振り返らずに進みなさい」と言われているようでしたね。

今の家は窓が多く光が燦々と入ります。その明るさや風通しが心地よく気に入っているので、引っ越そうとは考えていません。でも、そう遠くない未来に娘も独立して出ていくかもしれません。そうなれば母と二人暮らしになるし、いずれは私一人になるでしょう。ライフスタイルが変われば、引っ越しをすることになると思います。家を「所有すること」に執着はないものの、所有したくないわけではないのです。「心地よく暮らす」、それさえできれば賃貸であっても自分の家でもさほど変わりはないと考えていて、そのタイミングで必要な家を選べばいいと思っています。そのときに何が一番いいかは、そのときにならないとわかりませんから。

こぼれ話

写真は麻木さんが暮らすマンションのお気に入りのスペース。「このべランダがあることも、今のマンションを選んだ理由のひとつ。寒い冬が終わり、花粉の季節も過ぎると、ここがお気に入りの場所です。コーヒーを飲みながら本を読んで過ごすことが多いですね」

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