Vol.51 由紀さおりさん

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Vol.51 由紀さおりさん

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インタビュー 私のいえ ∼すまいの履歴書∼ 各界でご活躍の方々に、家、住まいに、住み替えにまつわるお話を伺いました。インタビュー 私のいえ ∼すまいの履歴書∼

Vol.51 2016/8/23更新

家では一切、音楽を聞きません。仕事を続けるためには、切り替えが必要なのだと思います。 由紀さおりさん

家では一切、音楽を聞きません。仕事を続けるためには、切り替えが必要なのだと思います。由紀さおりさん

profile
由紀さおり(ゆきさおり)
子どもの頃、童謡歌手として活躍。1969年『夜明けのスキャット』でデビュー。以後、映画、ドラマに出演するほか、司会、バラエティなどで幅広く活躍。「美しい日本の歌を次世代に歌い継ぎたい」という思いのもと、姉、安田祥子と活動を続ける。2012年紫綬褒章受章。2017年1月には明治座1月公演を予定している。

子どもの頃は横浜で育ち、現在はメゾネットタイプの家で一人暮らしという由紀さおりさん。由紀さんにとって、暮らしの根底にあるのは、やはり「歌」。それぞれの住まいには歌との深い関わりや、大切にしていることがあるそうです。

家の向かいの学校でひばり児童合唱団が稽古。姉のあとを追いかけ入団することに

由紀さおりさんの写真1
横浜での暮らしを語る由紀さおりさん

私が生まれる前から、父の仕事の関係で家族は群馬県で暮らしていて、終戦もそこで迎えました。戦後私が生まれ、父は軍需工場の閉鎖など、終戦処理の仕事をその地で任されていたため、私たちはしばらく群馬県で暮らしました。
当時のことは断片的にしか覚えていませんが、私たち家族は眼科を営む方の離れをお借りして暮らしていました。大きなお宅で、玄関の脇には、木造の階段がありました。私には兄と姉がいて、私は3人兄弟の末っ子ですが、皆で、その手すりをすべり台にして遊んで騒いでいたので、「うるさい」とよく叱られたものです。
私が3歳のとき、父の仕事の区切りがついて、横浜へ移ることになりました。横浜市鶴見区内で転々とし、三度目の引っ越しで鶴見区豊岡町の家に落ち着きました。
同じような家が並ぶ、いわゆる長屋のようなところでした。裏口を出ると、共同の井戸があって、私の母をはじめ近所の女性たちは皆そこに集まり、洗濯をしながらおしゃべりに興じていました。まさに「井戸端会議」ですね。
夏になると井戸にはスイカやトマトが冷やしてありました。それが私たち子どもの楽しみで、「あのスイカは誰の家のかしら?」「おすそ分けがあるのかしら?」と、姉とよくこそこそ話をしていました。その頃は今とは違って、隣近所とのお付き合いが当たり前にあった時代ですから、食べものをおすそ分けしたり、していただいたりすることが日常でした。
我が家から大きな通りを挟んだ向こう側には小学校があり、そこの講堂でいつも稽古をしていたのが「ひばり児童合唱団」です。ひばり児童合唱団は、音楽家の皆川和子さんが設立した合唱団で、現在は東京の目黒区に移っていますが、当時は横浜を拠点としていました。姉はその歌声が気になり、いつも稽古を見学していました。その様子を見ていた両親が「そんなに興味があるならば」と、姉を合唱団に入団させることにしました。そのとき、まだ4歳だった私は一人で留守番ができなかったので、毎回姉にくっついて共に稽古場へ行っていました。私はそこで耳にした歌を覚えては、家で自由気ままに歌っていました。
そうやって何度か通っているうちに、「どうせなら、あなたも入ったら」と声をかけていただき、私も一番年少のクラスに入団しました。これが姉と私の音楽人生のスタート。引っ越してきた家の目と鼻の先に、たまたま合唱団の稽古場があったことが歌との出会いでした。もしこの家で暮らしていなければ、違う道に行っていたかもしれませんね。それだけ、この鶴見の家は私の人生にとって重要な場所なのです。

姉とケンカをしては、同じ部屋で泣いていた時期も

由紀さおりさんの写真2
子どもの頃を思い出す由紀さおりさん

小学校二年生のときに、父が川崎市に家を建てたので引っ越しをしました。二階建てでした。子ども部屋という発想はない時代でしたから、横浜の家は、大きなお部屋を、夜は襖で仕切って両親の寝室と子どもたちの寝室に分けて寝ていました。勉強机もなかったので、私は居間のちゃぶ台で勉強をしていました。母が夕食の支度をしていると、わざとちゃぶ台を母の近くに移動させて勉強しているところをアピールしたものです。
引っ越したあとも合唱団には所属し、私は姉と共に童謡歌手としても活動をしていました。中学三年生くらいになると、CM曲を歌う仕事などもいただくようになりました。私も姉も幼い頃から合唱団にいたので、ぱっと譜面を見るだけで歌うことができたのですが、CM関係の方がその技術を買ってくださったのです。
ですが、CMというのは、30秒、15秒、5秒と数種類があり、5秒のCMとなると歌う時間は3.5秒ほど。その中で叫ぶかのように言葉をつぶだてて、はっきりと歌わなければなりません。それは私たちがこれまでやってきた童謡歌唱とはまるで違いますが、私はいただいたお仕事ですから相手の要望に応えようという思いでやっていました。でも、私と姉は性格が正反対なのです。レコーディング中に「もっとはっきり歌ってほしい」など、指摘や要望をいただくと、姉は「私はそういう歌い方はできません」と、はっきり言ってしまいます。私は「やらなきゃ駄目よ」「仕事がこなくなるわ」と思うタイプ。今となれば、思ったことをはっきり伝えられることは姉のいいところで、尊敬すべき点でもあるのですが……。当時はそんな性格や方向性の違いから、よくケンカをしていました。
でも、どんなにケンカをしても、帰るのは同じ家です。同じ部屋で布団を並べながら、天井を見上げる二人の頬には涙がつたっていました。互いにそっぽを向いて寝てもやっぱり姉妹ですから、朝になればまた普段通り一緒に出かけて行きました。

家は音を削ぎ落とした空間。オンオフの切り替えが大切

由紀さおりさんの写真3
現在の家について話す由紀さおりさん

姉は私と一緒にCM曲の仕事をしていましたが、中学に入ると同時に合唱団を辞めて、ソプラノ歌手になるため、大学の先生のもとに通っていました。私は高校に入ると、童謡歌手を続けるか、"大人の世界"を歌える歌手になるべきか、自分に何があっているのか探っていました。
17歳のときに一度ソロデビューをするものの上手くいかず、その後も先の見えない日が続いていました。当時は、辛い時期でもありましたが、家では掘りごたつを囲んで麻雀をしたり、母に愚痴を聞いてもらったり、家族には支えられたと思います。
そんな日が続いていましたが、20歳のときに『夜明けのスキャット』で再びデビューをすると、それがヒット作となり、やっと軌道に乗ることができたのです。
実は私は、この年に最初の結婚をして、川崎の家を出ています。その後、二度の離婚を経て、そのたびに引っ越しもしましたが、今はメゾネットタイプのマンションに一人暮らしです。この家は外国人仕様ということもあって、お風呂が4つもあります。2つは、荷物置きになっていますが(笑)。
私は、インテリアにはほとんどこだわりがありません。仕事柄、これまでホテルを転々とする生活がほとんどでしたから、家も一つのホテルのような感覚なのかもしれません。だから、家のインテリアに凝ったり家具を買い足したりするような意識がないのだと思います。
逆にホテルで宿泊するときは、家と同じ石けん、シャンプー、パジャマを持っていきます。ホテルも家と同じように過ごしたいという感覚が昔から身についています。
家のこだわりは数少ないですが、いくつかあります。部屋の中が暗くなるのは嫌なので、壁の色は明るい色が好きです。それから、重厚感のある家具を置きたくないので、クローゼットや収納が備え付けられていて、新たな収納家具を入れる必要のない、すっきりしている部屋がいいなと思いますね。そのくらいかな(笑)。
家は、私にとって完全にオフの場所です。そのため、家では仕事はしないですし、音楽も一切聞きません。スタジオで音楽漬けになっているので、家に入ったら、音を削ぎ落としてまっさらでいたいと思っています。今の家はメゾネットタイプですから、下のフロアには仕事の衣装なども置いていますが、上のフロアには一切仕事道具を持ち込みません。家に帰って仕事道具を片付けたあと、上のフロアに入ったら完全にオフモードですね。
合唱団から始まり、長い時間音楽に関わってきました。いろいろな人とコラボレーションをし、多くのことをやらせていただきましたが、これからも新しいことにチャレンジしていきたいと思っています。歌や芝居を通して、残された時間で何ができるか、それが私の今いちばんの関心事です。
だから、家を買うことやインテリアなど、他のことにあまり関心が向かない、というのもあるかもしれません。でもいい仕事をするためには、やはり家に帰ってからどうリフレッシュするかが重要。ゆったりバスタブに浸かって疲れを癒やして次の仕事に備える時間は欠かせません。私にとっては、家でオンオフをきっぱり切り替えることこそが、充電になっているのだと思います。
今の家、最初は「メゾネットタイプの家なんて階段の昇り降りが大変なんじゃない!?」と思っていましたが、仕事を続けていくためには、体力を維持することもとても大切です。だから今は、これがほどよいトレーニングになっています(笑)。

こぼれ話

写真は由紀さんのご自宅のリビングの一角。伊万里焼など陶器のコレクションが並ぶ。「あまり家具は置かないのですが、この一角には、好きな骨董品を置いています。陶器は海外のアンティークショップで気に入ったものを買い足しているうちに増えてしまいました」。

INFORMATION

アジアの歌姫、テレサ・テンさんの数々のヒット曲をカバーした、アルバムが発売中。名曲『あなたと共に生きてゆく』が、テレサ・テンさんとのデュエットで収録されているほか、中国語で歌う『つぐない』なども。アルバムが完成した際は、実際に台湾に足を運び、彼女の墓前で報告もしてきたそうです。

『あなたと共に生きてゆく∼由紀さおり テレサ・テンを歌う∼』
発売元:ユニバーサルミュージック合同会社

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