Vol.60 中田有紀さん

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インタビュー 私のいえ ∼すまいの履歴書∼ 各界でご活躍の方々に、家、住まいに、住み替えにまつわるお話をうかがいました。 インタビュー 私のいえ ∼すまいの履歴書∼

Vol.60 2022/6/29更新

今は、家族の生活に合わせて住み替え派。将来は、一軒家でペットと暮らしたいですね。

今は、家族の生活に合わせて住み替え派。将来は、一軒家でペットと暮らしたいですね。 中田有紀さん

profile
中田有紀(なかだ・あき)
1973年、東京都生まれ。日本大学芸術学部卒。元RAB青森放送アナウンサー。2001年に退社、フリー転身後は、「Oha!4 NEWS LIVE」(日本テレビ)のメインキャスターを務めるなど、長年、朝の顔として活躍。現在もテレビやラジオなどを中心に幅広く活躍している。

東京に実家を持つ中田有紀さん。都心に近い立地でありながら、ご両親が持ち込んだ田舎暮らしの要素に囲まれて暮らしました。中田さんは、就職、結婚、子育てと生活スタイルに合わせて、その時の自分に最適な住まいを選んできたそう。暮らしやすい家と出合うために、ご自身が大切にしていることについてお話を伺いました。著名な方々にお話を伺うこのコーナー、コロナ禍で暫くお休みしてましたが久しぶりの更新です。

東京で田舎の情景が味わえた実家の佇まい

中田有紀さんの写真1
実家での小さい頃の思い出を語る中田有紀さん

1歳くらいまで東京の中央区に住んでいましたが、その後、中野区に引っ越して、大学を卒業するまで、ずっと実家住まいでした。平屋の一軒家で、それほど広い家ではないんですが、庭にちょっとした畑や大きな桜、柿、びわの木などがあって、都会にいながら田舎の雰囲気を味わえるような家でした。父は岐阜の山深いところの出身で、自分の生家のような、いわゆる田舎の暮らしを東京でも再現したかったようです。小さい頃、私は、庭にあるブランコや鉄棒で遊んでいたし、桜の木の下ではご近所さんがレジャーシートを敷いてお花見をしていたり…(笑)、今思えば、都内でそんな暮らしができたのは、とても貴重ですね。
家の造りも昔ながらの平屋で、玄関には土間があり、小上がりに腰掛けて靴を履いていました。兄と弟がいる3人きょうだいですが、当時は子供部屋もなく、寝室に置いた大きな机で肩を並べて勉強したりお絵かきしたり。小学4年くらいの時に家を建て替えることになり、女の子だからと私だけ個室が割り当てられ、すごくうれしかったのを覚えています。好きなアーティストのポスターを貼って、毎朝「おはよう」と声をかけたりしていました(笑)。
新しい家は、不動産関係の仕事をしていた父のこだわりが詰まっていました。兄と弟はひとつの部屋を区切って使っていましたが、真ん中に置いた二段ベッドは、桜の木で作った、父のこだわりのオーダーメード。横から見るとS字型ですが、作り付けで部屋の仕切りとして役割もあり、兄、弟それぞれの側に本棚やクローゼットもありましたね。機能的ですごくかっこよく「私は床に敷いた布団なのに!」と、うらやましくて、弟がいないときには、こっそりベッドに登って寝てみたりしてました(笑)。

内見せずに即決した家で、初めての一人暮らし

中田有紀さんの写真2
中田有紀さんにとって初めての一人暮らしは青森

高校も大学も自転車で通学し、長らく実家生活を満喫していましたが、就職で地方へ行くことに。念願のアナウンサーとして青森放送に採用され、初めての一人暮らしに期待が高まりました。東京どころか実家を離れるのも初めてでしたが、青森には母方の親戚がいたので、不安はありませんでした。新居はと言えば、まだ入居者がいて内見できず、あまり時間もなかったので、「会社の近く」「駐車場あり」などの条件を確認し、間取り図と外観だけを見て「ここにしよう!」と決めてしまいました。あまりこだわりがなかったんですね、きっと。メゾネットタイプの部屋で、実際、すごく気に入って、青森にいた4年半はずっとそこに住みました。会社に近いこともあり、あっという間に同期の溜まり場になっちゃって(笑)。ふらっと遊びに来ては、お茶を飲みながら、ひたすらおしゃべりをして…という生活も一人暮らしならではの楽しい時間でした。
ただ、雪国の冬は、東京では想像もつかないハプニングだらけ。水道管を凍らせてしまい、業者さんに溶かしてもらうことが何度もあったし、朝、玄関を出たら一晩で60センチくらい雪が積もっていて、車が出せない!なんてこともありました。一人暮らしだと、当然ですが雪かきも全部自分でやらないといけない。これは大変だ…と実感しましたが、1年目はすべての体験が新鮮で、お決まりの積もった雪にダイブ!もしました(笑)。

生活に合わせて変化する“今の自分”にベストな住まい

中田有紀さんの写真3
将来の住まいについて語る中田有紀さん

青森放送ではニュースを読んでいました。地元密着で楽しくもありましたが、入社して4年を過ぎた頃、「10年後の自分」を、ふと考えるようになり、広い世界を見てみたい気持ちが沸いてきたんです。ちょうどそのタイミングで、今の事務所から声がかかったこともあり、退職して心機一転、頑張ってみようと帰京を決めました。
気楽なこともあり、実家に戻って家族と暮らしましたが、やはり学生の頃と同じようにはいかない。深夜と早朝のニュースを担当していたので、夜中に出勤して、朝方に帰ってくる生活を4、5年続けましたが、家族と生活リズムが違いすぎて、あるとき母から「そろそろ実家を出たら?」と言われたんです。もう社会人だし、当然ですよね(苦笑)。
家を出て、いくつかの部屋に住んだあと、渋谷区の閑静な住宅街に部屋を見つけました。引っ越しの翌朝、チュンチュンという鳥の声で目覚め「なんて素敵なの!」と感動して、そこには長く住みました。築30年くらいでしたが、造りがしっかりしていて、外観は洋館みたいな雰囲気。一室多い隣の部屋が空くと、そちらへ引っ越すほど気に入ったマンションでした。
そうこうするうちに結婚することになり、最初は主人と2人で住んだものの、子供ができると手狭になって、今度はファミリータイプのマンションに引っ越し。地方の仕事で新幹線や飛行機に乗る機会が多い主人と、複数のテレビ局に通う私、それぞれの仕事に合わせて移動しやすい立地が決め手になりました。住んでみると、住人のみなさんがフレンドリーでアットホームなコミュニティができていて、お隣近所の顔がわかるおつきあいができ、温かみのある距離感に居心地のよさを感じています。
とはいえ、いずれまた引っ越しはするでしょうね。家庭の事情やライフステージの変化に合わせて、その時々で最適な住まいを選んでいけばいいのかな、と考えているので。
昔から海外に住んでみたいのですが、私も主人も海外で仕事をする予定はないので、機会があれば母子留学をするのもいいかも…と考えています。現在は新型コロナ感染症の影響で留学は難しそうですが。海外に行くことも含め、子供の受験や通学で必要となれば引っ越すつもりなので、今のところずっと賃貸ですが、将来的には家を持つことも考えています。生まれ育った実家が原風景なのか、庭付きの一戸建てで、ガーデニングを楽しんだり、猫やうさぎを飼いたい気持ちをずっと持っていて、主人とはよく「住むのは東京の真ん中じゃなくてもいいよね」と話しています。
コロナ禍でベランダガーデニングを始め、花でいっぱいにしたんですが、これも庭でいろんな植物を育てていた母の影響かもしれません。都会的な暮らしを経験しながら、のどかな実家の記憶と重ねてみて、将来の住まいはどんなスタイルがいいかしらと模索しているところです。

こぼれ話

「一人暮らしの時、お気に入りのスカーフを額に入れて玄関に飾っていました。当時住んでいた家にはピッタリだったのですが、現在の住まいの雰囲気にはなんとなく合わないなと思いつつ、とりあえず飾っています。いつかこの額装が似合う家(住空間)を探したいと思っています。」

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